深刻な半導体不足の悪影響は国民生活にも
8/13
半導体は「産業のコメ」と言われてきたが、その言葉の意味を今ほど実感できたことはないだろう。コロナ禍のもとで生じた半導体不足は、多くの製品の供給を滞らせ、また国民の生活にもその悪影響は幅広く及んできている。 サスケハナ・ファイナンシャル・グループの調査によると、世界の半導体のリードタイム(発注から納品までにかかる時間)は7月に20.2週間と、前月から約8日間延びた。これは統計が開始された2017年以降で最長であり、半導体不足の深刻さを浮き彫りにしている。自動車や産業機器、家電製品の機能を制御するマイクロコントローラーとロジックチップの不足は、7月に特に深刻化した。そのリードタイムは26.5週間と、通常の6~9週間を大幅に上回っているという。 半導体不足の影響が最も深刻なのは、自動車業界だ。思うように車両製造ができず、世界で1,000億ドル(約11兆円)超の売り上げを失うとの予想もある。コロナショックで半導体生産が一時大きく減った後、巣籠り消費の拡大でスマートフォン、リモートワーク関連機器などの需要が一気に高まったため、車載用半導体の供給が絞られてしまったのである。 さらに国内では、2つの火災が半導体不足に拍車をかけた。2020年10月に旭化成エレクトロニクスの延岡工場で発生した火災、2021年3月にルネサスエレクトロニクスの那珂工場で発生した火災である。後者については、復旧に3か月以上かかり、7月にようやく火災前の生産水準を回復した。前者はいまだに復旧のめどが立っていない。 火災の影響が徐々に和らいでいく中でも、各自動車メーカーが一斉に半導体の確保に動いているため、深刻な不足はなかなか解消されない。
半導体不足が半導体の供給も制限
自動車部品大手のデンソーは、半導体不足の影響は2022年初頭まで長引くとの見方を示している。3月に発生したルネサスエレクトロニクスの工場火災の影響は回復してきているが、自動車メーカーが生産量の減少を挽回しようと半導体の引き合いが強まっているためだ。 さらに、感染拡大も半導体不足を深刻にしている。日産自動車は8月16日から、米テネシー州の完成車工場での生産を2週間休止することを決めた。マレーシアでの新型コロナウイルスの感染拡大で半導体の供給が滞っているためだ。北米の自動車産業では春ごろに比べて半導体不足が改善しつつあるが、足元ではマレーシアの半導体サプライチェーンの混乱の影響が広がってきているのだ。半導体の加工工程をマレーシアで行っているサプライヤーが多いことが、グローバルなサプライチェーンに支障を生じさせている。 自動車関連では、メーカーが使用する自動車部品だけでなく、カーナビやオーディオ、ドライブレコーダー、ETCなど、自動車関連製品には幅広く半導体が利用されており、半導体不足の影響を受けている。 半導体不足の問題はその他多くの産業、製品にまで広がっている。半導体製造装置大手のディスコは、半導体不足に対応して、装置の動きを制御するために使う半導体の種類を9割減らす取り組みをしている。半導体メーカーの増産に欠かせないこうした製造装置もまた、半導体不足に直面し、半導体不足が半導体供給の妨げとなっている悪循環の構図だ。 半導体を増産しようとする場合、工場の新設を決めてから生産を始めるまでに1年前後はかかる。生産工程は数百に上り、発注から納品までにさらに数か月を要する。半導体製造装置での半導体不足は、こうしたプロセスをさらに遅らせてしまうのではないか。
半導体不足は生活の質を下げ国民の健康、安全の脅威にも
国民の生活に関係が深いところでは、猛暑の中、半導体不足からエアコンの供給に懸念が生じている。これは我々の健康にも関わってくる問題だ。半導体不足の懸念は医療機器業界にも広がっている。CPU(中央演算処理装置)や画像センサーが使われる内視鏡にも影響が出かねない状況だという。コロナ感染への対応も含め、コロナ禍のもとでの国民の健康にやはり悪影響が生じる可能性もあるのではないか。 遊興関連では、ソニー・インタラクティブエンタテインメントが昨年11月に売り出したゲーム機「プレイステーション(PS)5」についても、半導体不足の影響で国内の店頭では品薄で入手しづらい状況が続いている。7月末にはアップルが、パソコン「Mac」やタブレット端末「iPad」が半導体不足で供給が制限されたと指摘し、今後、iPhoneにも影響が及ぶ可能性を示唆している。 さらに半導体の「偽物」や「粗悪品」が横行し始めているという。かなり古い旧式や廃棄された家電から回収された中古の半導体を、外観だけ整えていたり、大手メーカーのロゴを勝手に使ったりした「偽物」も多いという。それらは中国や韓国、東南アジア製が中心とみられ、主にインターネットサイトで販売される。そのまま車のドライブレコーダーや美顔器、電子たばこに組み込んで製品化され、販売後に作動しない事例も出ている。まれに半導体から発火する恐れすらあるという。まさに、国民生活の健康、安全を脅かしかねないのである。 深刻な半導体不足は簡単には解消されそうもない。これは、コロナ後の日本経済、世界経済の回復を妨げる要因となっている。さらに、経済のみならず、国民の生活にも悪影響を及ぼし始めている。 生活に必要な製品が手に入らず、生活の質が落ちている面がある。さらに、健康や安全にとっても脅威となってきている。半導体が「産業のコメ」ばかりでなく、「生活のコメ」でもあることを実感させる動きだ。